シリサイド半導体を用いた新規太陽電池の創製

シリサイド半導体を用いた新規太陽電池の創製

私たちは、太陽電池の飛躍的な低コスト化・高効率化をもたらせるのは材料の革新であると考え、新しい材料を用いた太陽電池の開発を進めています。特に、太陽電池に理想的なバンドギャップ(1.3 eV)と高い光吸収能を持ち、かつ、資源豊富な元素から成るBaSi2の太陽電池応用を目指した研究に最も注力しています。現在市販されている太陽電池のほとんどは結晶シリコンを光吸収層に用いていますが、結晶シリコンは光吸収能が低く、十分に光を吸収するためには100–200 µm程度の厚いウエハーが必要となる欠点があります。これが、太陽電池の価格低下を制限しています。また、発電効率の理論限界も29–30%に制限されます。一方、BaSi2は2 µmの薄膜で十分に太陽光を吸収できますし、理論限界効率(32%)も結晶シリコンより高い値です [1]。したがって、BaSi2により、結晶シリコンより高効率で圧倒的に低コストな太陽電池を実現できると期待できます。これまでに、硫化スズとのヘテロ接合太陽電池を研究し、発電に成功しました[2]。しかし、界面での化学反応のため、非常に低い効率でした。そこで、現在は、界面の安定性を考慮しつつ、ほぼ限界効率での発電をシミュレーションできるダブルヘテロ接合型太陽電池の開発に取り組んでいます[1、特開2023-6424]。

 

ただし、太陽電池に限らず、新材料デバイスの開発にはとても時間がかかります。従来の開発プロセスでは、文献調査で有望な材料を見つけ、成膜法を開発して膜の物性を調べ、デバイスに応用し特性を調べます。優れた特性であれば、生産性の高い成膜プロセスを開発し、社会実装に繋げます。これらの各段階においてプロセスの最適化が必要で、また、期待した特性が得られなければ、材料の見直しが必要となるため、無数のトライアルアンドエラーのために膨大な時間を要します。地球温暖化の被害を最小化するためには、できる限り速く高性能なデバイスを開発する必要があります。そこで、私たちは新材料デバイス開発を効率化する手法の開発にも取り組んでいます。

 

新材料デバイス開発を効率化する手法の一つ目は、材料探索を効率化する計算材料スクリーニングです。目的とするデバイスに適した材料を探す場合、従来通りの人力の文献調査では探索範囲が限られます。また、調査者の知識・経験がバイアスとなり有望な材料を見逃すことも考えられます。一方、材料データベースからプログラムを用いて機械的に材料をスクリーニングすれば、膨大な材料データの中から条件に合致した材料を客観的に機械的に絞り込むことができます。私たちは、このような計算材料スクリーニングの手法を用いて、ダブルヘテロ接合BaSi2太陽電池の電子・正孔輸送層に適した材料を14万以上の材料データの中から見つけ出しました [1]。私たちのアプローチの特徴は、材料単独の物性だけではなく、他の材料とヘテロ接合を形成した場合の特性も材料の選択基準に取り込むことです。このような手法は、太陽電池だけでなく、様々なデバイスの設計に応用し、開発の加速に貢献できると考えています。

 

二つ目は、デバイス開発プロセスを効率化する成膜法の開発・改良です。通常、材料物性の基礎研究では高品質な単結晶が求められるため、分子線エピタキシー法などの生産性は低いものの高品質なエピタキシャル薄膜を作製できる方法が選ばれます。一方、社会実装においては高い生産性も重要であるため、化学気相堆積法やスパッタリング法などの大面積成膜に適した手法が求められます。そのため、デバイス開発の過程で2種類以上の成膜法の開発が必要となり、それぞれの手法に対する成膜条件の最適化のため多大な時間を要しています。そこで、我々は、基礎研究から社会実装までシームレスに利用可能な、エピタキシャル成長と高い生産性を兼ね備えた成膜法の開発に取り組んでいます。その一つとして取り組んでいるのが、BaSi2の真空蒸着法の開発です。これまでに、1 µm/min程度の高速成膜とエピタキシャル成長を両立できることを示しています [3,4]。しかし、真空蒸着法は、大面積成膜への拡張性が高くありません。大面積へのスケーラビリティを兼ね備えた手法として考案したのが、近接蒸着法です。これまでに、BaSi2、CaGe2などのシリサイド系材料の成膜を実証していますが [5,6]、それ以外の材料系への応用も検討しています。

 

このように、材料探索からデバイス応用まで一貫して取り組んでいることが、研究室の特徴の一つです(下図)。また、実験だけでなく、第一原理計算などの計算機シミュレーションも積極的に活用しながら研究を進めています。現在、計算材料スクリーニングと真空蒸着法・近接蒸着法の有効性を実証することと、高効率で安価な太陽電池の開発による脱炭素社会形成への貢献を目指して、ダブルヘテロ接合BaSi2太陽電池の開発に最も力を入れて取り組んでいます。

 

[1] K. O. Hara, Sol. Energy 245, 136 (2022).

[2] K. O. Hara, et al., Thin Solid Films 706, 138064 (2020).

[3] K. O. Hara, et al., J. Appl. Phys. 120, 045103 (2016).

[4] K. O. Hara, et al., Mater. Sci. Semicond. Process. 72, 93 (2017).

[5] K. O. Hara, et al., Mater. Sci. Semicond. Process. 113, 105044 (2020).

[6] K. O. Hara, et al., Mater. Sci. Semicond. Process. 132, 105928 (2021).

シリサイド半導体を用いた新規太陽電池の創製

図 材料探索からデバイス応用までを網羅する研究内容